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薔薇の蜜言(仮)

脱社畜(多分)したので、暇を見てぼちぼち

TTT「戸惑いの惑星」@20170205

2017年2月5日、日曜日。曇り時々雨の東京グローブ座にて。戸惑ってきました。

TWENTIETH TRIANGLE TOUR「戸惑いの惑星」

個人的に初の20th centuryのステージでした。

 

 

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あまりに衝撃が大きかったのでなるべく真面目にレポ書こうと思う所存です。とはいえ帰ってきてすぐから書き出してますが、千秋楽以降にアップするつもりなので、多分今更ネタばかりになるでしょうけども。でも1回行けた幸運を、そこでの感動を、それっきりにするのは勿体ないと思ったのです。

以下、ネタバレばかり。というかおおよそネタバレです。ストーリーがっつりと、あとは思い出すたびに考察してしまう私の悪癖と、場面ごとの感想みたいなもの。

 

 

 

 

 

雑誌のインタビューやらで、客席が戸惑うとは読んでいて、かつ、ネタバレ無しの感想を読んでも戸惑ったとのコメントばかり。ということは本当に戸惑うんだろうな、くらいの軽い気持ちでいたのです、戸惑いというキーワードについては。こんなにも戸惑ったのは私生活でも直近なかなかなかったように思います。あと、公式サイトに載ってるイントロダクションだけだと、まあ、戸惑うらしいことは分かったし不惑がそもそものキーワードなのも分かってるんだけど惑星はどこからきてるんだ?何にかけてあるんだ?と疑問符ばかり。そこもきちんと回収されました。

何がすごいって伏線の嵐なことですよ。これも?あれも?って。全部が全部繋がっていく。もしDVD出たら、時系列に伏線を書き出して時系列にどのシーンと繋がって回収されたか年表じゃないけど作りたいレベルです。

 

開演時間を報せる鐘の音。トニセンがトニセンとして登場、観劇の注意事項を述べるシーン。黒子の皆様が逐一注意事項を説明するメンバーにぶつかりに行ったり前通ったりと邪魔をする姿が面白い。コミカルな作品になりそうな予感がここらでふつふつと。

注意事項を言い終わったタイミングで、謎の女性(今バンドのキーボーディストさん)から手紙を渡される3人。坂本さん、長野さんは手紙に直近でいい思い出がないと読むことを拒否。押し付けられた井ノ原さんが手紙を開くと、そこには一つの問いが。

「最近戸惑ったことは?(だった気がする、そういうニュアンスだったはず←)」

椅子に横並びで座って、発表者が真ん中に移動するスタイル、手紙を読んだことで司会的立ち位置で仕切る井ノ原さん。

1番手は長野さん、曰く「夜空の星に戸惑う」と。ポエマー!なんて言われてましたけど、確かにそれ戸惑いますわ、な内容。膨張する宇宙の外側。めっちゃ気になる。天の川をF1のレーシングカーで走ったらどのくらい?とか、あー、それ確かに1度は考えちゃうやつ!と。ここでのキーワードは、宇宙の誕生と宇宙の外側。

お次は坂本さん、「占いに戸惑う」。占いという存在そのものに、戸惑うらしく。占い好きじゃん!若い頃パルコの地下並んでたじゃん!とか、ネタの宝庫だった(笑)今週の運勢は気になるけど運命が決まっているのは嫌、だから戸惑う。運命に逆らってみたら?という長野さんの言葉には、その逆らうことも織り込み済みだったら!?と。それ言ったらキリないじゃない、という長野さんに、だからこそ戸惑うの!と。まあ、決められてたらつまらないし。でも占いは気になるし。その戸惑いも、分からなくないかも。

最後は井ノ原さん。小学生の頃、考え事しながら帰ってたら気付いたら家の前とかなかった?と。無意識の話。こないだは気づいたらディズニーのレストラン?にいた、と。(なんかそのレストランが激レアなお店らしい、詳細忘れてしまった…)で、そんないいレストランにいるならお手洗いも行ってみようじゃないかと入ってみたそう。ドアを開けると、そこには夜空が広がっていたと。ユラユラとした星空、月は銀色っぽい、でもよく見るとそれは空じゃなく、水面に映った景色なんだそう。と、ここまでの話で、え、そんななってるの!?と食い付くお二人に、まあ夢だったんだけどね〜と種明かし。夢オチかよ、と言いつつもまだ話には先があり…とにもかくにもなんだこれは!?とキャストさんに声をかけようとしたら…キャストさんがみんなミッキー。でもミッキーって1人しかいないはずでしょう!?と、それを問い詰めた井ノ原さん。ミッキーは、じゃあ貴方は1人しかいないと言い切れますか?と。

そりゃそうでしょう、俺がイノッチじゃなかったら誰がイノッチなの!という井ノ原さんに、坂本さん(仮)と長野さん(仮)が、俺もイノッチだよ?と。坂本さん(仮)は、よく祈るから、祈るっち→イノッチ。長野さん(仮)は猪突猛進でイノシシみたいな性格だからいのしっしからイノッチに、と。嘘だよー!そんなのこじつけじゃん!と言う井ノ原さん。俺がイノッチでしょ!?の叫びにイノッチな2人、ハセッチどうした!?お前はハセッチだろう!?と。このイノッチは1人ネタから心がぞわぞわし始めました。あれ、なんか、違う。最初は確かに、トニセンとして話をしていたはず。トニセンお3方のわちゃわちゃ、だったはず。でも、違う?そんなふうに思ったのと、大体同時。イノッチだったはずなのに、ハセッチと呼ばれ困惑する井ノ原さん(仮)の困惑がピークに達し、倒れ込んでしまう。それを抱え込むお2方。

そこから舞台転換(というか小道具である病院っぽいパイプベッドが出てきてそこに井ノ原さん扮する長谷川が腰掛けている)、坂本さん扮する三池、長野さん扮する由利が、長谷川が病気であることを説明。自分と他人の境目がなくなって、終いには自分が誰だか分からなくなってしまう病(病名忘れた…)に長谷川はかかっている、と。

ここが一番最初の戸惑い。というか序盤すぎてオイって話なんですけどね。でも、気付いたら物語の世界に無理くり引き摺り込まれてたようなもんですよ。で、このタイミングで感じた戸惑いすら、後のシーンでの伏線だったんじゃないかと何度も思い返すうちに思い始めたので、それは後述。出来たらいいな。

ベッド脇のプレートを見ないと自分の名前が言えない長谷川の元へ、三池と由利が見舞いに行く…ものの、実はそこまで深い中ではなかったという3人。誰かからのメールで、サーティスリーというクラブ(このタイミングではクラブって言い方だったろうか…)に集められた3人で、高校が一緒で、その誰かからのメールに導かれて偶然再会した3人だったという。三池と由利は同級生で、途中三池は転校していたらしいとも。倉庫みたいな空間で、呼び出した誰かすらいない、ぐるぐると見回していると、大きな箱と手紙。手紙には「この中に用意させて頂きました」という意味深なメッセージ。躊躇いながら開けると、そこには楽器と楽譜。有名ではないはずの曲を何故か3人とも知っていて、何故、と3人とも、戸惑う。

多分ここまでがプロローグなんだろうな。ここまでの時点で、もう物語の展開が分からない。登場人物が病気、なんて、イントロダクションで前情報として出ていてもおかしくはないもの。だからそれが書かれていなかったということは、その病気が主軸になって物語は進んで行くんだろうなあ、という漠然とした予感だけがここで残る。

 

楽器は井ノ原さんトランペット、坂本さんトロンボーン、長野さんホルン。まじか!ってびっくりしつつ…。練習に長い時間費やしたエピソードがポロポロ各記事とかから見えますけども、すごいなーと。過去に金管挑戦して挫折した私はもうぽけーっとせざるを得なかったです。とはいえですよ、吹く瞬間、ちょっと皆さんの表情が一瞬強ばって見えたんですよね、この最初に吹いたシーンだけ。この後にも吹くシーンあったけど、その時はそんなでもなかった。から、その時の公演初っ端のシーンは緊張感があったのかなあ、なんて。この日の最初の演奏は、某お方の出だしの音が少し不安定で微笑ましかったです(笑)

 

長谷川の見舞いに行く三池と由利、だけども、出会った時はまだ軽かった病状もどんどん悪化していっていて、最近では話もできない…と寂しそうな2人。寂しげな三池と由利はそう言えばと今更にお互いのことを話し出す。2人は高校で隣のクラスで、しかも三池は途中転校もしていて、長谷川を気にかける2人だけどそこに残るぎこちなさがここで露呈。三池の由利に対する認識は、お母さん有名だったよね!?と。ユリゲラーの番組でスプーン曲げられたお母さんだったそうで、でもその話題を出された由利はひどく複雑そうな表情。あんまり話していい話題ではなかったかと慌てる三池にそんなことないと否定する由利。確かにお母さんが有名な事に対して、ではなさそう。一方の三池は、今も絵を描いているのかという問いに、今は塗装の仕事をしているとどこかやり切れなさそう。

別に2人とも長谷川と特別親しかったわけじゃない(という事が何度も強調される)。だけどどうして足繁く見舞いに行き、話せないことを寂しく思うのか…。そこは言及はされなかったけど、ここで話され、ここから紐解かれてく2人の近況が影響してるんだろうなあと思ったり。2人とももがいて、もがいて、割合気持ち的に余裕もなくて、だから多分昔の知人とそんなに頻繁に連絡とってないんだろうって事が想像出来て。そうなってくると、そんな時に偶然再会した顔見知りとの縁を繋ぎ続けようとする気持ちになるよなーなんて。

 

 (ここの繋ぎあんまり覚えてない…)また長谷川の見舞いに行く2人。昨晩から眠り続けている長谷川に溜息を吐く三池に対して、これ!と由利が持ち出したのは、恐らく長谷川が書いたであろう小説「迷いの夜の世迷言」。読んでみようという由利と、勝手に読むのは…と1度は遠慮する三池。けれども起きた時には恐らくそれを書いたことすら覚えていないであろう長谷川を思い2人は文字を追い始める…。

ここから物語の主軸に入っていく感じ。主軸というか、核か。迷うというワードに、この舞台のベースはこの長谷川の小説なのかなあ?という漠然とした予感の中、まさしく戸惑う時間が始まった気がします。

というか、長谷川の半生からなるパートと、何故かそこに織り込まれる三池と由利のエピソード。上手いこと絡められてるんだけど実際そこで出会ってたのは彼らではなくて、という。終盤にかけて何度も由利が「何で長谷川はそれを知ってるんだ?」ってセリフを言っていて、そのセリフがあまりにも綺麗に絡められたエピソードが、本当は交わっていなかったはずの3つの独立したもので、それが絡み合うきっかけは3人が楽器を演奏して再会したその瞬間であったはずという大前提に立ち返らせてくれる。

 ベースは長谷川の半生なんだけども。そこに、三池と由利のもがきがからんでて。でも途中のシーンが、あれ?あの2人の再会って楽器吹いた時なんだよね??って混乱してしまった(笑)時間軸の通りなんだけど、でも別々のストーリーだったものを無理なくがっちゃんこしてる…。戸惑う(笑)あえて個々人のストーリーに分けて書きたい。でも、誰から書くのが正解なんだろう…。

 

とりあえず、長谷川の半生からいこう。幼い頃から文章を書くのが好きで、瓶に手紙を詰めて海に流したりして、作文の授業が好きだったという長谷川。先生の言った何気ない無責任な「お前は小説家になるのか?」なんていう言葉に感化されて、小説家を志す。持ち込みを続けるけれど、なかなか芽が出ず…。最終的に、出版社で紹介された手紙代筆の仕事を受けることにする、という半生。この手紙代筆の仕事が長谷川が病気になった要因で、恐らくはこの小説を書いている長谷川はそれを自覚してるんですよね。自覚した上で、自分が出すことのできなかった宛名を書けなかった手紙への後悔と、その手紙を送るはずだった「彼女」への愛情を貫こうとしているというか。

手紙代筆の仕事の中で夫に隠し事をしているセレブなマダム(演・長野さん)や、果たし状を依頼するやのつくお仕事な方(演・坂本さん)とか、すごく個性的な方に出会っていく。

とりあえずこの手紙代筆のお客さんのお二方に爆笑してしまったwもうね、あの、大好きです(笑)私ずっと長野さんの女装見たかったの!!!!!!!!(落ち着け)まさかここで願いが叶うとは…!あの、麗しかったです、はい。コートと女優帽とセレブっぽいグラサンでほぼ顔隠れてるし、ヅラかぶっただけでメイクしてるわけじゃないっぽいから、女装って言い切っていいのか微妙かもですが。あの、うん、すき…←

あと坂本さんの柄の悪い演技に爆笑してましたwすごい(笑)なんというか、あそこまでドスのきいた声音…歌声の綺麗さと相入れなさすぎじゃません?すんごい。声の振り幅が半端ない。あと個人的にはガラは悪いんだけど、長谷川がお客様のバックボーンを知って、なりきって書こうとするのに対して、深入りしたら痛い目見るぞって脅す時の囁き声が色っぽくてwガラの悪さにうおおおお!ってなればいいのか、色気に、!?ってなって、混乱ですよ(笑)

マダムの方はそれじゃ気に入らない、それじゃない気がする、だのうだうだ言ってて、実際出会ったらむちゃくちゃむかつくタイプwそれをコミカルに演じる長野さんがめっちゃ可愛かった…。結局じかに伝えることにしちゃったり、うん、女子だな、って。優柔不断感ね、うんうん。

やーさんの方は、長谷川がまだ駆け出しっていうのを聞いた上で、出だしが肝心!っていう独自理論(ていうか完全に実地での話じゃん!っていうアドバイスw)をした挙句、前略、っていう出だしを絶賛して、あとは任せた!って帰っていくっていうwいる、そういうお客さんいる!www確かに男性に多いw

もうここだけでめっちゃ笑った。でもすごいストレスですよね、そんな接客業。やーさんが帰っていたあと、パタンと机に倒れこむ長谷川。そのぐったり感…お疲れ様…って全力で労いたくなるオーラ。

そして、そこに現れる、「彼女」。長谷川の宛名を書けなかった手紙の相手。彼女の手紙を書いてはいけない、そう直感的に思った長谷川は正しくて、でも彼女の事情を知ってしまえば、それを断るという選択肢もない。その葛藤はカットされちゃってたんですが、「僕はまた、(大事なものをだったか、自分をだったか、そんなニュアンス)なくしました」そんな長谷川のセリフに集約されてる気がして。ぎゅっと胸が痛くなる。

途中、やっぱり手紙代筆の仕事を受けるか悩んだ長谷川は、(小説の中では三池に)そんなことしたら幽霊みたいになっちまう、いるかいねーんだか分からない人間にって、そんな言葉をかけられて、悩んで。でも結局、受けることにする。きっと幽霊みたいになることへの恐怖感は長谷川にも最初からあったんじゃなかろうか。でも、自分にしか書けない手紙を、自分が出せなかった手紙の代わりを書きたかったんじゃないか、そんな風に思っちゃうんですよね。「手紙代筆の仕事、受けることにしました」って長谷川のセリフが、場面に不釣り合いなくらいに、明るかったから。多分それは、長谷川なりの開き直りとか、決心だったんじゃないかなあ。でも幽霊みたいになる事への恐怖感みたいなのは元々あっただろうから、それに苛まれていく過程で手紙を出せなかったまさにその相手である彼女の手紙を代筆する…それでひび割れていたところが、割れてしまったんじゃないか。そんな風に感じてしまって。

 

恐らくは小説に描かれていた長谷川の半生パートは、以上。というか彼女のことを三池と由利に伝えるためだけにこの小説は書かれたのではないか、そんな風に感じられちゃうんですよね。由利は終盤、パラドックスが起きるからって言ってたけど、それもあるけど、それ以上に、長谷川が伝えたかったのは彼女のことだと思うから、そうなるとここまで語れれば十分だったんじゃないかって。

 

さて、次は、三池。売れない画家の三池。アイデアが降ってくるのを待っていて、ずっと描けないまま、いる。結局絵の勉強と称して似顔絵描きのバイトをして食いつなぐ日々。三池の似顔絵は見た目を描くものではないから、怒り出し帰る客も少なからずいる。阿修羅を描かれ怒り帰る客、別の客は似顔絵を見て愉快と笑い、本来の料金よりも高額をチップと言って帰る始末…。

三池はある日大学の研究者に呼ばれ、貴方の絵には不思議な力があると力説される。絵を描かれた経営難の男性はすぐに会社が持ち直して…という事象が数件起きていて、それを偶然で片付けられなかった学者が絵を科学的に分析して驚く結果が出たという。けれど三池は絵を研究対象にされるのは我慢ならず、そこを飛び出してしまう。

それからしばらくしてバーで再会する三池と研究者。バーでマスター相手に愚痴りながら度数の高いアルコールを流し込む三池はとある女性との出会いと別れの後に絵が描けなくなってしまっていた。曰く、三池の絵には研究者の言った通り、不思議な力が宿っていたらしい。ふらりとたどり着いたバーで有名でもない楽曲を演奏していた時に出会った1人の女性。目が合った途端に恋に落ち…女性は三池の似顔絵描きのバイトを眺めていたり、2人、愛を育んでいたけれど…そのうち三池は彼女の絵を描きたいと思い、女性も三池の絵が見た目を描くものではないことを理解した上で了承する。だが描き上がった絵を見て彼女は何かにショックを受け、そして、静かに姿を消してしまう。去っていた彼女から三池に届いた手紙には、彼女が実は出会った時は記憶喪失で、三池の絵を見て記憶が戻ったという。自分の本来の人生に三池はいない。自分の人生に帰らなければ、そう綴られた手紙を読んでから一切絵が描けなくなった三池は、かつて自分が絵を描き事業に成功した男から、謝礼と言って押し付けられた大金を手に、やるせなさに呑んだくれていた。呑んだくれていたところに現れる研究者に、もう自分はお前にとっても無価値だろうと自嘲する。

…というところが三池パート、かな。

正直三池パートと由利パートはどこからどこまでが絡み合った事象なのかがわかりにくい(笑)最大の戸惑いですよ(笑)この登場する研究者、由利(名乗っていなかったし、病院でのやり取り上2人はやっぱり仕事を名乗る状況では出会っていなかったはずだから、由利じゃないだよね?暫定で、小説で絡めるために、だよね??)なんですよね。だけども、2人ともそれぞれで同じようなやり取りをしているっぽい会話が出てくるんだよな。むつかしい。

とりあえずバーでの再会はその後の小説を読むのをやめた三池と由利自身によって否定されているから、そこは小説での演出なんですけど。うーむ。

三池は根っからの芸術家なんだよなあ、というのが三池パートの一番の感想。降ってくるまで描けない、っていう気持ちは分かる。中途半端に書き出しても形にならなくて、結局そんな中途半端なものしか書けない自分に苛立って作品を壊しちゃうんですよね。でもそんなに簡単にアイデアって降ってくるものでもないから、それを待つだけだとそれはそれで苛立ちが募って、自暴自棄にもなってしまう。絵じゃないけど、そして仕事ではなく趣味だけど、小説を書く身としては痛いほどわかって…。あー、うん、めっちゃ分かる、って自分のことのようで三池が、まだアイデアが降ってこないんだよ!って怒るシーンには胃が痛くなりました…。

三池パートでは、おおよそ眉間にシワが寄っていたように見えた三池。長谷川のお見舞いに行ったり、小説シーンから抜け出した場面ではどこか頼りないというかへにゃりとした表情が多かったように見えたんですが(まあ遠いし目も悪いからぱっと見の印象ですけども)。多分芸術家としての葛藤、苦悩、が表情に出ているんだろうなあ、と勝手に。似顔絵はあくまでも絵の修行、バイトと言い切って、それ以外に進むことを良しとしない強さと、けれど自分自身の出せない結果にもがいている様が、とてもつもなく痛々しい。どこまでももがいているけれど、それを弱さとして人に見せたくない、みたいな。

彼女と別れてから絵を描けなくなって、そして結果塗装の仕事に進まざるを得なかった、そしてそれを病院での由利との会話で、自分の口で言わなければいけなかった。その辛さって、尋常じゃないよな、とまたグッと胸が痛くなりました。確かにこう、何かを振り切るように、今は塗装の仕事をしているって言うんですよね。あの耐えるような、振り切るような、あの言い方は、そういうことかって。しんどい。

 

さて、由利パート。由利パートに入れていいのかなあ…三池との、画家とのやり取り。三池パートに入れ込んじゃったんですけど、本来は由利パートでのやり取りなんですよね。でも、三池パートで書いとかないと、三池パートの後半が書けなくなるから暫定だったんですけども。まあいいや。

由利は研究者。昔見た奇跡をきっかけに研究を続けている。それは超常現象とか、そういった学問。とはいえ今は科学が発展しているが故に、淘汰されている学問であると自覚もしている。

前述の研究者に自身の研究を否定され、落ち込みながらも頭を振りながら気持ちを切り替えるように資料の整理に移る由利。そこに同じ学部で唯一の教授が現れる。教授は、由利の研究成果の内容は良かったが、そこに予算が下りなかったことを詫びる。けれども由利はそれすらも予測の範疇というように笑ってみせる。応援してくれる妹のためにも研究を諦めるつもりはないという由利。音楽をやっているという妹が、音楽が人を動かす力を持つのなら、超常現象的な力があってもおかしくないと応援してくれるだという。それと合わせて、由利が研究を続ける理由。科学の進歩により淘汰され、水面の消えてく波紋のような学問と言われるそれに由利がこだわる理由は、幼い時に母親が起こした奇跡だった。

ある時、学会(?)で研究を発表する由利。恐らくは教授が良かったと褒めていたもの。それは、ランダムに切り替わる映像を幾人もの被験者に見せた結果、怖い映像に切り替わる4秒前から被験者の体温が一様に下がったという内容。これは人がある種の予知能力を持っているという証明になりうるのではないか、そう熱弁しようとした由利だったが、客席からは見えないその学会の参加者からは冷ややかな目を向けられた様子で、次第に声音も力強さを失っていく。

そしてそこからさらに日数が経ち、由利の元に教授が飛び込んでくる。辞表を撤回する気はないか、その言葉に頑なに由利は首を振る。研究を誰よりも応援してくれていた妹が病によって亡くなった。それも半年間、誰にも言わず、隠し通していたらしい。ならば妹のためにも研究を続けるべきではないか、そう教授は告げるが、四十九日が終わった実家から、衝撃の事実が手紙に綴られて届けられた。実は由利の母の起こした奇跡は、奇跡でもなんでもなかったということ。妹の死と同時に、突然与えられた真相に、由利は困惑しながら答えをはじき出した様子だった。その苦悩の様子から、教授は辞表は預かっておく、と告げる。

…というところが、おおよそ由利パート。なんというか、由利も由利でとても不器用な人だなあ、という印象が強かったです。熱意が空回りしちゃうタイプというか。画家に頼み込む時も、学会での発表の時も、自分と相手の温度感を気にせず熱弁を振るうんだけれど、終盤ようやく相手との認識の開きに気づいて、意気消沈するというか。その、行き場のないもどかしさみたいな、やり切れなさみたいなものが由利パートには溢れていた気がします。由利は序盤からずっと人のいい柔らかい人あたりなんだけど、どこか一歩引いて諦めみたいなものをどこかしらで抱えているようにも見えて。多分それは、幾度となく否定されながら、けれど自分の目で見たものしか信じない探究心を捨てられない二律背反なんだろうなあ、と。由利は3人の中で、ため息を吐きながらそっと肩を落とす仕草が一番多かったようにも見えました。自分の中で落とし所をつけてるんだろうな、という。多分由利は3人の中で一番、いろんなことを諦めた上で、それを理解した上でそれでも追い続けてる人なんじゃないかと思ったり。とはいえ、研究者、足るもの冷静さがずば抜けていただけなのか…。画家に激昂されて出ていかれた時の背中がすごく、ぽつん、としていて、切なくて悲しくなりました。

で、ですよ。由利パートなんですけども、由利のお母さんのインパクト大きすぎてですね!?MfTのあとだからか…坂本さんの老婆の演技がうますぎて…!とりあえず、お母さんの「ごめんねえ!」のんもう!みたいな言い方がとてつもなくツボでした(笑)すき(笑)

あと由利の母によってもたらされた衝撃の事実とは、母がスプーン曲げられたのは超能力でも何でもなかったということ。誰も見てない隙に机に押し当てて曲げた、と。自分がずっと信じ続けてきたものが覆される衝撃はあまりにも大きいですよね……そして、三池に母のことを言われて複雑そうにしていた理由もここで判明。母が有名だったことが嫌なわけではなく、その事象について今はなるべくなら触れないで欲しかったって事なんだろうなと。

そして何より教授ですよ。最初井ノ原さん!?って半信半疑だった(笑)声音の使い分けがすごい。なんというか、あの声のトーンには包容力がありますね←

由利パートは諦めとか、そういう感情を一番感じるシーンではあったんですが、どのシーンよりもコミカルだった印象が強いです。長野さんの真面目にけれどどこかコミカルにわちゃっとする感じの演技。唯一無二だよなあ、と。贔屓目抜きで、どこか愛おしく感じる可愛げみたいなものがにじみ出るというか。FP見た時も思ったんですけどね。放っておけない!みたいな、あれだ、母性本能くすぐられるやつだ(落ち着け)

 

で、おおよそ3人ずつに分けられるのはここまでで。三池と由利がクラブ?バー?サーティスリーで、小説の続きを読んでいるシーンに転調。2人はずっと小説を読んでいて、その読んでいるシーンがずっと続いているだけで現実の時間軸はそんなに進んでないんですよね。そこで、起きた出来事が、まま小説になっていることに困惑しつつも、でも、なあ、と悩む2人。小説の中で書かれている、画家が研究者に絵が描けなくなったことを吐き出し、研究者が研究者を辞することを告白するシーンだけは、フィクションだった。2人はクラブでは会っていないと三池が明言する。だが各々の事情は事実であると。小説に描かれていたのは、他の人が知り得るはずのない会話や出来事ばかり。ましてや由利の辞表の下りは昨日のことで、由利は親にすら言っていないという。それを、昨日から寝続けている長谷川はなぜ書けたのか…。その疑問に行き着いた時に由利はハッとして、三池に問いかける。

「俺たちは長谷川の病院に見舞いに行って、小説を読んでいたはずじゃなかったか?」

小説を読んでいただけで、現実の時間軸は進んでいない。なのに2人はいつの間にか小説の中で画家との研究者が出会ったようにクラブサーティスリーにいる。酒を飲んでいる。はたと気づいた時、小説の中で画家が彼女から貰った手紙を研究者に代わりに読んでくれと画家から託されていたマスターの姿がない。クラブサーティスリーには、三池と由利の2人しかいない。室内から出るための出口は消えていて、2人は空間に閉じ込められている。

ここからが研究者としての由利の本領発揮なんですよね。超常現象の研究。小説の続きは2人が不可思議に気づいた瞬間に続きが消えていて、それに由利は登場人物たる自分たちが小説と現実のリンクに気づいてしまった時点で、パラドックスが生まれるから小説の先が消えたのだという。2人は恐らくは長谷川の小説の中に入り込んだのだろうという推測。

水を得た魚のように早口にまくしたてるように仮説を述べる由利は研究者そのもので、辞表を出したとはいえ、そして真実を知ったとはいえ、それまで人生を捧げてきた研究を投げ出せるような人じゃないんだろうなあ、という。というか好きなことを好きなだけ語っていいよっていうとああいう感じになる…めっちゃわかる…。多分そういう部分が、長野さんが由利を演じる理由であり、由利の研究者っていうキャラが薄っぺらくなく感じる所以なんだろうなあ。

一方の三池はここら辺、ずっとオドオドしている(笑)絵が描けない苛立ちを露わにしていた時とは正反対に見えるんだけど、むしろ激情家だけど小心者感がとてもリアル。いる、こういう天才肌、いる!(笑)あと肩をキュッとやってる坂本さんの演技の細かさである。可愛らしい。

仮説の結果、外に出るためには唯一残された扉、お手洗いのドアしかないという結論に至る由利。俺は仮説を立てる、お前が検証しろ、と三池にドアを開けさせる由利。そのドヤ感がなんともコミカルで、シーンとしてはここからが盛り上がるんだよね!?ってソワソワしかないのに、ついつい笑ってしまう。絶妙な緩急のバランス。

ドアを開ける。最初は音と光の洪水が2人を襲う。けれど、2度目。2度目に開けた扉の先には、宇宙が広がっている。それを興奮気味に三池は由利に報告するけれど、由利は一切そちらを見ないのにそこにある情景を朗々と述べる…一番最初に、(井ノ原さんだったはずの)長谷川が話していた夢オチの、ディズニーのお手洗いのドアの先。そこで語られていた風景がそこには、広がっている。

自分たちは長谷川の小説に入り込んだ上で宇宙の外側にいるんだ、とは由利の仮説。ここで長野さん(仮)の最初の最近戸惑ったことの伏線を回収。宇宙の外側ってどうなってるの??とあんなに無邪気に問い掛けていた人が、ここは宇宙の外側なんだと断じる事に、ちょっとぞくっとしました。

一度ドアを閉じ、もう一度、開ける。今度こそ出られるはず…けれど、逆に、眠っていたはずの長谷川が空間に飛び込んでくる。どうしてとうろたえる三池と対照的に、自分たちがここを出るのと、長谷川がここに入ってくるのも大差ない、と。そして見つけたオルゴールと、手紙。オルゴールからは一度だけ、2人にとって馴染み深い曲が流れる。それは最初に3人が再開した時に演奏した曲。三池が彼女と出会ったきっかけになった曲。由利の妹が作った、曲。

 

ここら辺から大号泣していて記憶がすんごいおぼろげなんですけど自分が残念すぎる。あのですね、長谷川が空間に飛び込んできて、そこから私がトニセンの曲で一番聴きたいと切望していた、ちぎれた翼をフルコーラスで演奏したわけですよ。泣くわ。久々にあんなに泣いたってレベルで泣きました…。終わってから頭痛くて気持ち悪くなるレベルだったので、あの、お察しください…そんな感じだったからここら辺おぼろげなんです…。

とにもかくにもですよ、ちぎれた翼の後でオルゴールを見つけ、そしてもう一つ、手紙を二人は見つける。そこには長谷川の小説に書ききれていなかった長谷川パートの続きが。

長谷川が手紙を出せなかった相手、手紙代筆を頼んできた彼女。彼女は余命半年を宣告され、けれどもそれを誰にも告げずにいた。そんな時

、学生時代好きだった、途中で転校してしまって想いを告げられなかった人と巡り会った。その人と束の間の時間を過ごしていたけれど、彼の描いた絵を見て自分に残された時間を改めて突きつけられた。彼を自分の人生に巻き込んではいけない、なるべく綺麗に彼の人生から消えなければいけない。そんな彼女の切実な願いに、長谷川は彼女を記憶喪失に仕立てあげた手紙を代筆したという。

ここでようやく、全てが繋がる。長谷川が手紙を出せなかった彼女、三池とつかの間の恋に落ちた彼女は、由利の夢を応援し続けた由利の妹なんですよね。そして由利はここで、自分たちの再会は病状が進行する前、まだ自分が長谷川だという自覚のある長谷川が仕組んだものだったと気づく。自分すら分からなくなるだろう事を予見して、自分にもメールを入れて、3人を集めた。2人に、伝えるために。そして長谷川が予見したとおり、再会の時、長谷川は長谷川だという自覚は辛うじてありつつも自分がそこに集めたという認識は抜け落ちていた。だから小説を残す必要があった。きっと長谷川の小説の続きがなかったのは、パラドックスよりも何よりも、伝えたいことを伝えきったからなんじゃないかなあと思うんですよね。そして、小説を通して2人に伝えようとした内容は由利と三池と関わる彼女をその外側から見ていたからこそ、長谷川には最初から全員の繋がりが見えていて、故に彼女の事を伝えずにはいられなかった。そこにあるのはどこまでも、届かなかったけれど捨てられなかった彼女への想い。長谷川のパートはどこまでも切なかったです。叶わない事を前提に進んでいくんだもの。それが悲しいよりも優しい愛情が底辺にあるのが分かるから余計に切ない。

彼女が由利の妹だと判明して、由利は妹が亡くなってから気がかりだった手紙の宛先を知ります。妹の机に、宛名もなく入っていた手紙。それは、三池に宛てたもの。

「宛名のない手紙は我々の手を離れて届く(だったっけ??なんかそんな感じのニュアンス←)」

妹の手紙をどうしたらいいのか…それを相談した時に教授に言われたことを思い出し、その手紙をこれはお前に宛てたものだと三池に差し出す由利。

「私たちはあの時、運命に逆らうことが出来たのです。」

彼女から三池に宛てた手紙の一番伝えたかったことはきっと、これだろうなあ。余命半年を宣告されて途方に暮れていた時、バーから響いてきた学生時代の自分が作った曲。そして、想いを告げられなかった人と巡り会い、一時とはいえ愛し合った。三池が阿修羅として描き上げる人は余命幾ばくもない。過去に似顔絵を描かれ憤慨していった男は数日後亡くなった。その三池に、自分も阿修羅として描かれた。それを見て自分の余命を正しく突き付けられ、消えることしか選べなかった。でもその愛し合った瞬間は、確かに運命に逆らっていた時間だったと。その彼女からの真実だけ書かれた手紙を手に、三池は泣き崩れる。

ここが、最初の坂本さん(仮)の最近戸惑ったこととリンクする。というか、ようやく伏線を回収したんですよね。運命に逆らうこと。最初の3人の座談会っぽいシーンは、無理やりストーリーに気付いたら観客が巻き込まれているという戸惑い以外にシーンのめちゃくちゃ重要なキーフレーズをぶっ込んできていたという。脚本が素晴らしすぎてしんどい…いやそれを演じきれる御3方が何より素晴らしすぎるんですけど……。

 

さて、場面は切り替わってラストシーン。長谷川の病室。相変わらず名札を見ないと自分の名前が分からない、けれどどこか楽しそうにニコニコと笑っている長谷川の元に見舞いに訪れる三池と由利。2人が夢に出てきた気がする。自分のことはわからないけれど、2人のことは分かる気がする。ふわふわと笑う長谷川に、昨日のあれは……と顔を見合わせる三池と由利だけれど、何年かかってもこの不思議は解明してみせる!と言い切る由利。長谷川の小説に入り込むという超常現象的体験を自らしたことによってなのか、吹っ切れたように辞表を撤回してきたと、憑き物の落ちたような笑顔を2人に見せる。一方の三池は、長谷川の似顔絵を描かせてくれるよう頼む。おどけてバイトの時のように値段を言いながら準備をし、それをテンポよく長谷川が突っ込み、病室内には笑顔が溢れる。そして真剣に描き出す三池。覗き込んだ由利が、それではまるで、と何かを言いかけるが、三池は半ば強引にそれを止める。言ったらこの絵は自由に羽ばたけなくなる、と。出来上がった絵を、三池はそっと長谷川に差し出し、それを見た長谷川は小さく呟く。

「これが、俺だよ。(一人称俺だっけ?僕だったっけ?)」

 その言葉で、舞台は終幕。

このラストシーン、三池と由利は彼女との事が自分の中で向き合う事ができたからなのかとても晴れやかなんですよね。ここまでのシーン、どこか影というか、何がしかを背負っているであろうことを察させる陰みたいなものは無い。そんな晴れやかな表情の2人が、2人をそうするきっかけをくれた長谷川を柔らかく見守る、というか。見守ってるという言葉がぴったりな雰囲気が漂うシーンなんですよね。

最後の長谷川のセリフがとても好きで。自分が分からなくなってしまっていた彼が自分自身を言い切るって、すごい大きなことだと思うんですよ。でもそのセリフは重いものではなくてどこまでも温かいというか。晴れやかな三池と由利に感化されたような、そこまでも長谷川は終始笑顔でニコニコしてるんだけど、この最後のセリフでようやく穏やかさがそこに加わる感じがあって。

で、長谷川の小説に入り込んだ体験は各々夢のことになってるんですよね。そして夢を共有していたことに長谷川は気づいていないけれど三池と由利は、そもそも昨日の超常現象的体験が夢だったのかどうか、そこから疑問符があって、でも夢だったとしてもそれを共有していたことは事実で。だからこそ由利はこの体験を解明すると息巻く。

このシーン、最初の3人が語らっていたシーンままなんですよね。井ノ原さん(仮)のディズニーの話の夢オチと、長谷川の小説での体験が夢オチになっているということ。それは長谷川の(最初は井ノ原さんの)口によって軽くバラされていて、かつ、どこからが現実か虚構か分からないまま無理やりストーリーに引きずり込まれているというのは、舞台冒頭の客席の感覚そのもの。客席が体感した戸惑いを劇中の三池と由利も体験している。そんな大掛かりな伏線アリか!?と動揺が半端なかった。

で、この最後に三池が描いた長谷川。そこまでのシーンではきちんとスケッチブックに絵は描かれていたんですけど、このシーンのスケッチブックだけは白紙だったんですよね。小道具の準備の問題とか、客席に見せる演技をするシーンでは無いからとか、考え方は色々ある。でもそしたら客席に読ませるわけでは無い長谷川の小説の原稿用紙だって全部白紙で良かったはず。だし、客席に見せないならこのシーン三池も長谷川も…というか坂本さんも井ノ原さんももっとうまく隠しながら演じると思うし。そう考えるとあの白紙のスケッチブックには、何か意味があったと思わざるを得なくて、そうすると御都合主義かもしれないけど、私は、あのスケッチブックに描かれていた長谷川は、多分客席それぞれが思い浮かべたものでいいんだろうし長谷川はこれだったんだって演者側が決めるのではなく客席側一人一人にその答えを委ねられたんじゃ無いか。そんな風に思ってみたりしてます。だってあれだけ伏線に伏線を重ねて全部回収して戸惑わずだけ戸惑わせて、そしたらその答えを与えるのなんて造作もないことだろうと考えるのは難しくないじゃないですか。そしたらむしろ客席側に答えを委ねているのでは、なんて。ちなみに私は空を自由に飛ぶ鳥を想像しました。

 

そうそう。最初の手紙にいい思い出がない、手紙恐怖症なんて言っていた坂本さんと長野さんのセリフも、最後まで見て伏線だったかー!って。由利は母の手紙、三池は彼女からの…というか長谷川が代筆した彼女の手紙。それぞれショックを受けた手紙が直近あった。…って考えると今度時間軸に疑問が湧くんですけどね。最初の座談会みたいなシーンは本来物語のどこに組み込まれていたのか。いや、3人が再会して、長谷川が入院するまでの間なんでしょうけど。でもそうすると由利が仕事を辞めるタイミングが母の手紙がきた直後と考えると…??難しい!笑

大好きな人達の舞台だから見られて本当によかったという気持ちと、この舞台を見れたことに彼らを好きになってよかったなあという気持ちと。御3方それぞれの演技の個性も好きだし、何よりトニセンの楽曲好きだし、脚本が個人的にヒットすぎてなんかもう幸せの極みでした。見終わってから号泣したのも相まってふわふわして手に力が入らなくてスマホ取り落としてケースが大破したのも最早いい思い出です(笑)

 

ちぎれた翼が聴けたのが何より嬉しかったんですが、そして本当に大好きな曲だなーと再認識したんですがね。個人的にオレキミはテンション上がらない時に元気をもらう曲なんですが、曲の持つまた違う側面を知れて、なんかもう鳥肌でした。多分鳥肌ってことだけで言ったら舞台中、一番だったかもしれない。3人がそれぞれ自分の夢にもがいている最中に歌われるんですよね。それはまるで、自分に、そして残りの2人に言い聞かせるみたいに。オレじゃなきゃ、って。夢を追い続けてることで擦り切れそうな気持ちを鼓舞するみたいに切なく歌い上げるのがすごい印象に残ってて。曲のどこを切り取って、どうアレンジするかでこんなにも変わるもんかと。見る前の前情報で、トニセンの楽曲だけだけど、まるで舞台のためにしつらえたような〜ってコメントをよく見てたわけですよ。それを感じたのはダントツでオレキミでした。

 

多分書きたかった感想は大体書けた、はず。新曲の音源化とDVD化を全力で待ちながら、次のTTTを楽しみにしてます!!今度はどんな世界を見せてくれるんだろう??って期待しかないです…!

それにしてもこのレポというか感想というかを書き上げるまでに1ヶ月は掛かりすぎだ/(^0^)\なかなかまとまった時間が取れなくて寝しなにポチポチ書いては消しを繰り返してたからですね…。後半記憶が朧気すぎてしんどかった(笑)書きたかったこと多分全部書いたと思うんだけど何かしら忘れてる気もするんですよねー誰か私に記憶力と語彙力をくれ(白目)

戸惑ったあと、ここ1ヶ月TTTロスと言わんばかりにセトリ曲聴きまくってるんですが中でもdays聴くとなんか泣けてきます…ちぎれた翼は家で聴かないと3回に1回は泣く。

 

記憶違いとかたくさんあるとは思うのですが記憶力ない考察大好きオタクが覚え書き上げてるだけなので……見逃してやってください……。

 

※井ノ原さんの楽器、トランペットではなくフリューゲルホルン?という楽器だったようで……遠目で分からず失礼しました!